1 赤ちゃんから幼稚園 (とある自閉症の子供とのほほんシングルマザー)

私にはハイティーンの息子がいて

実家で産んで育てました。

一人親で私も若く、自分の両親にもかなり助けてもらいました

1歳になるまでは母親が抱いて育てなさい!と自分のお母さんに言われ

仕事をせず、両親に生活の面倒を見てもらい家からあまり出ず

育児しました。同じ年の友達はみんな楽しそうに遊んでいるのが聞こえてきて

なんで私だけ!!って

思ったりもしてましたw若かったしw

 

でも赤ちゃんも可愛くって、お風呂に入れると気持ちよさそうな顔したり

ぎゅって指握ってくれたり

お世話はすごく大変だって思うことも多かったけど

そういう癒しも多かった

 

5,6か月になるとベビーカーに乗せたり抱っこひもでお出かけできるから

友達も赤ちゃん連れてきていいよって言ってくれるし、遊びに行ったこともあるけど

やっぱり無理だよね

泣くし、おむつ交換あるし、とりま若いみんな子供自分も子供

 

お家で、赤ちゃんと赤ちゃん用のクラッシック聞いたり

ゲームしたりして、普通の事だけど1歳までは赤ちゃんと離れず生活しました。

 

実家に住んでたこともあり、1歳前に歩けるようになり1歳ちょっとでおむつも取れて

夜泣きや、ぐずりも本当にほぼなかったのでほんと天使だった

 

1歳半くらいの頃かな、私の親も認めてくれて自由になるお金も欲しかったし

アルバイトをはじめました

週3で1日3時間程度、手芸屋で。

赤ちゃんができて家にいて私は手芸に目覚めてもいたのw

 

わたしは一人親だけど、ほんと育児環境に恵まれてた。

 

仕事をするようになって、育児以外の刺激がとても楽しかった

 

息子が3歳になるころ、私は夜の飲み屋さんで働いていて金銭的にゆとりが

あったし幼稚園を年少さんから入れることにした

 

そのころ、真夜中に帰宅するのが世間体やもろもろの事情で

私は実家から近いレオパレスを借りて寝起きして

実家に通っていたの。

 

3歳頃になると、自我が芽生えはじめ個性が色濃く見えてくる

息子は、自分だけの言葉みたいな単語を使うようになってて

会話のはしばしにたまに出るようになってた

 

たとえば、お月様でてるね丸くてきれいだね

 

お月様っておしえても、おぱみーなっていってた

丸いものはいくらおしえても おぱ って呼んでた

 

@目のついてるものがあまり好きじゃないみたいで

おぱみーなは お目目がないからすき

っていってた

 

月と貨物電車が好きな子だった

 

そして入園、特に問題はなく通園していたよ

 

幼稚園には週に2回お弁当持参の日があってそれ以外は給食にしてたけど

お弁当の日は早めに実家に行って作ってた

 

幼稚園バスの見送りは基本してたけど、たまに母に頼んでたw

お弁当は絶対作ってた

いろいろ作るの好きだからそんなに苦じゃなかった

送り出してから寝てたしねw

 

とくに自分の子供の変化というか変わったところは感じなかった

いやいやや、わがままもほとんどなくって

お母さんが、このこはほんと育てやすいこだね

誰に似たんだろって笑ってたくらい。

 

振り返るとそういうとこが。。そうだったのか

 

っておもうよ

 

幼稚園のグッズは、シナモンちゃんで揃えた

お目目はついてたけど

でも、○が好きだったからニコちゃんマークの布でいろいろ

作ったな

 

リュックとかまじで今思うとよく作ったなってレベルだよ。買ったほうが早いのに

子供に作ってあげたくなっちゃうんだよね

自己満もおおきいw

 

幼稚園のイベントは複雑だった

結構、お母さんお父さんで来てる家庭、おばあちゃんじいちゃんまで来てる家庭

何が気まずいって

お父さんにお客さんがまれにいるw

 

飲み屋さんで子供いない設定だったから気まずかった

自分のお客さんじゃなかったけど

バレないようにしてた

 

ただ一つ、毎日幼稚園で何があったか聞くんだけど

何も言わない子だった

もって帰ってくる絵は目がない

小さい子の描く絵だしそんな気にしなかったんだ